夕日の向こう‥‥‥




「じゃ社長、この後は夕食前にお呼びにお伺いしますので」
地方ロケ、ホテルの部屋の入り口で清水が言い返した。
「解りました。でも、それはやめてくれませんか?現場だし」
岩城はいまだに『社長』の呼び名に慣れてない様子だった。
「現場では、お名前をお呼びします。でも、本当に慣れていただかないと困りますよ」
清水は楽しそうにコロコロ笑いながら言い返した。
「努力します」
岩城は溜息混じりに答えると、苦笑した。
「では、後で」
清水は会釈して部屋の奥に入った岩城を確認してドアを閉めた。



今回のドラマのロケを受けたのは、香藤がまず居ないという事が大きかった。
『何処に居ても、同じなら‥‥‥長期のロケでも受けますよ』
岩城は清水にそういった言葉が発端だったが、本当にそんな仕事が舞い込んでくるとは言った岩城も思いはしなかった。
夕食は、出演者とスタッフ達と顔見世を兼ねて全員で食べると、監督から連絡が来ていた。
東京を出たのは昼前だったが、思ったよりここに来るまで時間がかかった。
時間まで用意をと思った岩城は、窓によりカーテンを開けた。
窓の外は西方向の空が赤く染まるところだった。
眼下に広がる、風景に岩城は視線を向ける。
地平線と同じように木々が並んでいる。
周りを朱に木々は黒く染まりながらもその先に広がるであろう、国に岩城は気持ちを向けていた。

この先に香藤がいる‥‥‥
平和と言われるこの国と違い、危険な国
硝煙の匂い、血の匂いの耐えない
そんな所にいる‥‥‥

「香藤‥‥‥」
目を凝らし、太陽の落ちる方向に見入る。
刻々と変わる、色、風景を見ている様子もなく、ただ太陽をその目で追うように西の空を見つめる。
例え非難されようと、罵倒されようと、今の自分が願うことはたったの1つ
無事に自分の元に戻ってくることを‥‥‥



空の上の方から闇が迫り始めた。
岩城はハッとわれに戻ると、時計を見た。
「30分‥‥‥いつの間に」
香藤の事を思うと、時間の流れが変わる。
それは、早かったり遅かったり岩城の感情で変わるのだが、本人は幸せな時間を過ごしているので、苦痛とも思っていない。
運悪く、この時の岩城につかまれば無意識のろけ爆弾を浴びるので、声をかける事を避けている人々が多いとは噂だが‥‥‥

カーテンを開けたままで、荷物を開く。
天候や撮影具合によっては、約1ヶ月間程かかるこのロケをメールで香藤に送信し、知らせる。
香藤が受信できる所に居ないと、届かないが繋がっていると思えるから、岩城は返信が無くとも珍しくマメにメールを送っていた。
此処にきて、岩城はメールに詳しくなりつつあったが、元来の性格で真面目なメールしか送らなかった。
前に清水に
『香藤さんだったら、絵文字も混ぜられたらいかがですか?最近の機種は登録してあると思いますけど』
と言われたがさすがにそれは‥‥‥と遠慮した。
香藤なら本当に喜びそうだと思うが‥‥‥と思い、一度挑戦してみたが送信する直前でやはりやめてしまった。

岩城は思い出し笑いながら携帯を閉じると、窓の外に視線をやり溜息を付く。
「久しぶりのロケだ‥‥‥がんばらないとな」
岩城はつぶやくと、クスリと笑う。
その時、外はもう闇だけとなり、目を凝らしてみても何も解らない状態だった。
部屋に立ち、ガラスに映った自分を見つめる。
外の闇が自分を侵食してくるような‥‥‥そんな感触を振り払うように胸に下がっているペンダントトップを無意識に右手で握り締めた。



部屋に付いているチャイムが鳴らされる。
「社長、そろそろ行きませんか?」
ドアを開けると、清水が立っていて岩城に尋ねる。
「そうですね」
岩城は頷き返すと、上着を取りに部屋に一度引き返した。
もう一度窓から外を見るが、先はもう見えないように、闇が降りていた。
「香藤‥‥‥がんばっているよな」
岩城は呟き窓のカーテンを閉めると、上着を片手に部屋を出る。
鍵を取ったホテルの部屋は、しばらくの時間を置いて電気が消えた。

この闇の先には、明るい陽の出ている場所に通じている。
それを信じているからこそ、後ろを振り返らす先に進むのだった。

―――――了―――――

2009・5 sasa




Thanks!
満を持して、sasaさんの初登場です! こんな素敵な、もといちょっと寂しげな岩城さんを頂いてしまいました。ふっと時間の空いたときに考えてしまうのは、もちろん最愛の香藤くんのこと。抑えた甘さにうっとりです。sasaさん、本当にありがとうございました!
Uploaded 16 June 2009




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