I love you
「ただいまー」
その日の夜、帰って来た香藤の手には、電器店の紙袋が下げられていた。
「ああ、おかえり。何だそれは?」
岩城は、読みかけていた本から目を上げて香藤に尋ねた。
「へへっ〜、買っちゃった〜」
香藤は子供のように嬉しそうに笑いながら、紙袋を岩城に見せる。
「ほら、俺、カメラマンの役、やったじゃん。なんかさ〜、欲しくなっちゃって。そしたら小野塚が詳しいって言うから、一緒に店に行ってもらったんだ」
香藤が袋から取り出したパッケージを見て、岩城は眉をしかめた。
「・・・デジカメ・・・か?」
「そ、一眼レフ」
得意そうな香藤の顔に、岩城は苦笑した。
「お前、それで何を撮る気だ?その前に、写真の趣味なんてあったか?」
「何を撮るって決まってんじゃん。写真家香藤洋二、激写・岩城京介の魅力の全て・・・なんつってね」
「はあ!?また、お前は妙なことを・・・」
「妙じゃないよ!岩城さんの魅力を最大限に引き出せるのは、この香藤洋二しかいないんだから。写真ってハートなんだよ。つまり愛ってわけ」
いそいそとパッケージからカメラを取り出す香藤に、岩城も半分呆れながら身を乗り出した。
洗礼された、最新式のデジタル一眼レフカメラのフォルムは美しい。
どちらかというとアナログ派な岩城だが、男の本能としてメカには惹かれるのである。
まして、仕事で身近にあるカメラに興味がないこともなかった。
「ほえ〜、すごいよ!1秒5コマの高速連写だって!」
仕様書を見て香藤が興奮気味に叫ぶのに、岩城は呆れた声を上げた。
「あのな・・・そんな高速連写機能・・・何に使うつもりだ」
「岩城さんの表情を、余すとこなく撮れるじゃん。最初にこのカメラで撮るのは、岩城さんって決めてたんだ。う〜、どのアングルでも、岩城さんって魅せるよね」
香藤が早速、カメラを構えてシャッターを切り出した。
「なんか・・・プライベートで撮られるとなると、落ち着かないな。・・・おいおい、連写は止めろ。落ち着かない。無駄にいっぱい撮るより、気持ちを込めた1枚だ」
「そだね。じゃあ、気持ちを込めたヤツを1枚・・・と」
カメラのレンズを通して、香藤が見つめている。
岩城は微笑んで、レンズを通して香藤を見つめ返した。
「次は、俺がお前を撮ってやる。ほら、貸せ・・・思ったより軽いんだな」
岩城は興味深そうにカメラを弄り回しながら、ふと香藤に尋ねた。
「ところでこれ、どこでプリントするんだ?うちにプリンターなんてないぞ?」
「・・・はうっ!」
「お前・・・まさかカメラを買うことに頭がいっぱいで、そこまで考えてなかったとか・・・」
「岩城さ〜ん」
情けない表情で座り込む香藤の、そういうちょっと抜けたトコが可愛いと、岩城は密に思うのであった。
翌日、それを聞いた小野塚は「お前って本当に退屈しないヤツ」と大笑いして、プリントしてやるからメモリカードを貸せと言ったが、香藤は即答で断った。
「俺だけの岩城さんを、テメーなんかに見せるか。減るっ」
「うわっ、心せまっ」
「俺は岩城さん限定で心狭いの」
香藤は、事務所に大型プリンターがあるのを思い出していた。
金子に断って仕事に入る前に事務所に寄ると、いそいそとプリンターにカメラを接続した。
「折角だから、A3サイズでプリントしちゃうもんね〜」
やがてプリンターから、1枚の写真が排出されてくる。
それを手に取った香藤は、息を止めた。
写真の岩城は、慈愛に満ちたマリアの顔そのものだった。
完璧な弧を描いた綺麗な唇は、優しく微笑んで両端が心持上っている。
普段はキツイ印象を与える切れ長の眼は、これ以上はないと言うくらいの優しさを込めて細められている。
白皙の容貌は、匂い立つ華の様に芳しくて蕩けそうに甘かった。
岩城がレンズの向こう側の人間をどう想っているか、その写真を見れば一目瞭然だった。
「なにこれ・・・反則だよ、岩城さん。俺って、物凄く愛されてるじゃん」
香藤は鼻の奥がツーンとして、顔を歪め泣き笑いの表情になった。
幸せだと、心の底から思った。
自分は、岩城の深くて揺るぎない愛に守られている。
「守ってるつもりだったのにな・・・」
年上の美しい恋人にまだまだ敵わないと、つくづく感じる。
「でもさ・・・」
香藤はスンと鼻をすすると、今度は夢見るような表情を浮かべた。
「岩城さんのあの時の顔は、あんなにエロいのに。ホント、反則だよ」
金子が事務所を覗いた時、香藤は至福の表情を浮かべて、日向の飴のごとくドロドロに融けていた。
終わり
桃