No rush! 【007岩城さんシリーズ 第4弾】


さっと開いた自動ドアは、一見ごく普通。
でも、通った途端撃たれたり、逆さ吊りになったりとか…
っていうか、ここ、ほんとに情報部?
すっげぇ普通のオフィスビルだし。
チューブの駅からここまで、ノーチェックで来れちまうし。
でもここまで来たら、行くしか無いっしょ。


だだっ広いエントランスも、赤外線が張り巡らされてる気配はない。
セキュリティ・カメラも、普通のビルにあるのと変わんないじゃん。
奥には、ごく普通のカウンター。
ごく普通の制服を着た、ごく普通…より、かなり可愛い受付嬢(×2)が、
ごく普通の営業スマイルを浮かべて座ってる。
「あのう、ここ、SISですよね?英国秘密情報局」
間抜けな質問なのは判ってるけど、訊かないと、実はサマセット・ハウスの
不要文書保管局です、なんてことだったら時間の無駄だし。
「そうですが?局員とアポイントメントがおありでしょうか?」
「いえ、約束は無いんですけど、ここの所属で…岩城京介さん、いらっしゃいますか?」
「はい。岩城とご面会ですか?」
「え、会えるんですか?! いや、じゃなくて、岩城さん、確かにここの諜報部員
なんですね? …今、こちらで局員の募集とかって…あ、人事のどなたかと
お話出来…う、うわっ!」


受付嬢の手が、カウンターの下で動いた。
(・・・撃たれる!)
俺は反射的にカウンターを盾に蹲った。
パァンと破裂音。
「おめでとうございまーす!」
…は?
上から、ひらひら降ってくる紙テープと、銀の紙吹雪…?
もしかして、クラッカーですか?!
カッカッと小気味のいい音が近づいてくる。
恐る恐る上げた眼に、すらりと引き締まったピンヒールの脚が飛び込む。
(マノロ・ブラニク?)
「お立ちなさい、香藤洋二」
「は、はあ」
なぜか受付嬢(×2)が立って、パチパチ拍手している。
「あのう、一体…」
「あなたが栄えある100人目の追跡者です!」
「へ?」
ルージュ・ノアールが映える手が、へたり込んだままの俺の腕を引き上げてくれた。
「いらっしゃい。京介にも、オフィスに来るように伝えて」
「イエス・マイ・レイディ!」
ビシッと敬礼すると、受付嬢(×2)の一人が内線を取り上げ、もう一人が
紙吹雪の掃除を始めた。


落ち着いた雰囲気のオフィスのエントランスルームには、金髪の美貌の青年が、
静かにキーボードに指を走らせていたが、紫檀のデスクを挟んで、マノロの女性と
俺が向かい合うとすぐ、レモンを添えたエヴィアンのグラスを運んで来た。
「ありがとう、マニーペニー」
「いただきます」
緊張と混乱で、喉がからからだったので心底有難かった。
「お呼びだそうで」
入口から聞こえた、甘いベルベットの声音。
何ヶ月ぶりだろう。
俺はグラスを握り締め、こみ上げるものをぐっと堪えた。
「ああ、京介。そっちに座って」
通り過ぎるかすかなステイノーツと、上質のサージとチェスターフィールドの混じった
その匂いにすら、心臓が掴まれる。
何気ない視線がこちらに走って…
「何でお前、ここに居るんだ?」
「毎度酷いよ岩城さん!岩城さんと会いたくて来たに決まってるでしょ!」
「見つけたんだから、帰れ」
「ここ探し当てて来るまで、どんだけ苦労したと思って…」
「はいはい、そこらは二人の時にね」
「す、すみません」
俺たちより年上なのは確かだけれど、幾つとは特定できない、洗練されつくした女性だ。
でも、シークレット・サーヴィスなんだよなあ。
さっき触れた手も、鋼のような強さがあった。
「英国秘密情報部へようこそ。私は京介の上司で、通称M、正式なコードネームは
MSMLDN。採用も担当しています。香藤洋二、あなたを諜報部員候補として
採用することにしました」
(!?)


俺は口をぱくぱくさせるばかりで声が出ない。
マニーペニー君が、何か書式を持ってきて俺の前に置く。
「試用及び訓練期間は半年で、その間は官舎居住なので給与のみ支給。
正式採用されると国務省付国家5級公務員となり、住居と移動手当が
つきますが、職務の性質上NHSの加入は出来ません」
「お、俺、ここで、働けるんですか?」
「そういう希望で来たんだと思ったけど?」
「は、はいっ!」
「お話の途中ですが」
俺同様フリーズしていた岩城さんが割り込んだ。
「御用が無いなら、失礼させて頂きたい」
「彼の訓練責任者はあなたなのよ、京介」
「お断りです」
そんな、間髪入れずにキッパリ…涙出そう。
「00要員の俺の仕事ではありません」
「あら、あなたの指導員は、当時の008だったじゃない」
「あれは、最終テストの試験官だけです。それに、俺を探しに来ただけの素人を、
いきなり採用するなんて…」
「彼が、100人目なのよ。まさか忘れてないわよね、京介?」
岩城さんが、初めてぐっと詰まった。
「あの、さっきから言われてる100人目って一体?」
「ミスタ・岩城に心を奪われて当局に来られた方が、あなたで丁度100人に
達したということですよ」
マニーペニー君が、岩城さんの前にバーボンのショットグラスを置きながら
説明しだした。
「い、岩城さん、まさか100人全員・・・!?」
「そんな訳あるか!」


「仕事で顔を合わせた各国提携機関のコンタクト(連絡員)やエージェント、
探索過程で話したりお酒を買わせてやったりしたマフィアや
ブラックマーケット構成員やその愛人、カジノで同席したオイルダラーに
ギャンブラー、ホテル経営者、療養所の看護士、療養所のビーチのベイウォッチ…」
「接触した人間の半分は消されてるんだし、京介の正体を知って、
あのヴォクソールの間抜けなビルじゃなくて、真の心臓部のここまで
突き止めて来る根性と運があったのが、通算100人。
まあ、もちろんこちらとしては事前に把握して、テロや攻撃目的じゃないと判断した上で、
ここまで通してやっているんだけど。あなたのスマイルや流し目ひとつでイカれた
生贄の裾野がどれだけ広がってるものやら、私にも見当はつかなくてよ」
バーボンを呷る岩城さんに、これまた艶っぽい流し目をくれながら、
Mは肩をすくめて手を広げて見せた。
「で、それだけ情報収集力と行動力がある人材を放っておけるほど、
うちの部も買い手市場じゃないのよ。人員の消耗の激しい仕事だし、
今のテロ対策には切羽詰ってるの。でも短期の激越な訓練について来られる
逸材は、そうは居ない。モチベーションを高めるために、あなたに訓練を担当させる
という企画が決定したら、『俺目当てでSISに来る酔狂な馬鹿が100人に達したら、
そいつには俺が地獄を見せてやろうじゃないですか』って、啖呵切ったわよねえ、京介」
「あれは売り言葉に買い言葉って奴で…! それに、俺は嫌なんですよ。
本部の同僚とプライベートな関係になってたら、拗れた時、現場で背後に安心して
られないじゃないですか。現場に出なくていいお偉方のようには、いきません。
どこかの、M.M.F.London提督みたいにはね」
「それはまだまだ、未熟な証拠ね。どの仔猫ちゃんとも愛と信頼があれば、こんなに
安心なことはなくってよ」
Mは背後に立っているマニーペニー君の手をとって、頬に当てる。
(ええええー!こ、こんな若いのと…!?)
マニーペニー君、天使の笑顔で跪いてるし!
「受付のユナとメアリーも彼女のお手つきだ」
(えええええ両刀ですか!!)
「とにかく、これはあなたの任務なのよ、007」
「イエス・マイ・レイディ」
ショットグラスを置くと、岩城さんは形ばかり指をこめかみに置いて、
出て行ってしまった。
「…いいんでしょうか、俺、岩城さんの迷惑になるなら・・・」
「今更、弱気になってどうするのよ。こっちだってここまで手の内見せたんだから、
はいそうですかって、帰してあげるわけないでしょ。身体能力、ルックス、
誑しのテクニック、どれもピカ一だっていうのに、おめおめ尻尾を巻いて私たちに
消されるか、京介にしごかれて生き延びるか、選択肢は二つしかないの」
…あの部下にして、この上司ありだ!


翌日から始まった訓練は、まさに地獄だった。
身体作りのための早朝トレーニングなどはまだしも、昼は心理学、
暗号技術、ハッキング技術、薬学、化学、気象学etcと詰め込まれ、
宿題もどっさり出るのに、夕方からも射撃に格闘技と続く。
この射撃と格闘技訓練で、岩城さんに会えるのだけが楽しみ。
どの科目も専門トレーナーがつきっきりで、岩城さんはテストのチェックに
ちらっと顔を出してくれる位なんだけど、射撃と格闘技だけは早々と俺が
トレーナーを圧倒しちゃったので、岩城さん直々に指導を受けられる。
「ねえ、IT部門だって暗号部門だって専門の技術者居るんでしょう?
何でそこまで覚えないといけないの?」
「今だってエージェントは、連絡が隔絶したところで独り任務に当たることも普通なんだ。
バックアップをあてには出来ない。それに何をして欲しいのか理解せずに、
専門家は使えないだろう。まだ、喋ってる余裕があるようだな」
岩城さんは、軽々と俺の足を払って投げ飛ばした。
まだ襟元ひとつ崩せないけど、本当に俺、正式採用して貰えるんだろうか…


最近の射撃訓練のターゲットはホログラフ映像で、あっちも撃ってくる設定に
なっているので、被弾するとボディソニックで衝撃を受けるようになっている。
俺も滅多に当たったりしないとはいえ、今日は珍しく岩城さんが最初から
付き合ってくれているので(といっても部屋の隅で見てるだけだけど)、
どうも集中できず、撃ち抜いたと思ったターゲットが倒れざまに放った
ヴァーチャル弾が脇を掠めて、引っくり返った。
「駄目だな。これでターゲットが二人居たら、お前死んでるぞ」
「こ、このソニック、感覚がリアル過ぎ…いたたたた」
「お前は仕留めるショットのとき、肘が遊ぶんだ。ここを意識しろ、ここ」
ふらふら立った俺の後ろから、岩城さんが肘と手首を掴んでポジションを直す。
うわ、密着してる!
耳元で声がする!
「じゃ、もう1ラウンドだ」
「あ、ま、待って岩城さん!」
「待たん。お前がこのラウンドクリアしないと、俺も帰れないんだ」
「だって!」
もう限界。
銃を持ったまま、細い腰を抱きすくめる。
昨日習った通りに、もう片腕と脚でで片腿と上腕をロック。
「俺、もうこんなになっちゃったんだよ。ねえ、いいでしょ」
「馬鹿っ!訓練の最中に盛るな!」
「ぎゃっ!」
…もう片方の脚で、蹴り上げられました。
「いちおう、ココも買われて勧誘されたのに…」
使い物にならなくなったら、それでなくても少ないセールスポイントが!
「そこはもう、カウントされない」
「えー!まさか、致命傷?!」
「だってお前、もう俺以外に、勃たないんだろ?」
唇が、すらりと微笑って。
またも、007に撃ち抜かれました、俺の心臓。


おわり
チキ

【あとがき】
また、やっちゃいましたm(__)m
言わずもがなですが、魔性の上司"M"の性癖は全くの捏造ですみません。


Thanks!
あはは、純情ヘタレな香藤くんが本当に可愛い!(笑) 大人気のボンド岩城さんシリーズの最新話を引っさげて、チキさん堂々の再登場です。一途な思いを受け止めてなお、クールに翻弄する岩城さんがたまりませんね。チキさん、楽しいお話をありがとうございました♪
Uploaded 17 August 2008




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