Home So Sweet Home


「それはさすがに、どうかと思うぞ」
岩城さんは小さく笑って、カメラを降ろした。
無粋なデジカメのレンズが消えて、きれいなきれいな切れ長の瞳が現れる。
「えー、なんで?」

―――えへへ、その優しいまなざしが幸せ。

「このポーズのどこがいけないわけ?」
俺は部屋着のまま、キッチンに陣取って。
甘いものが苦手な岩城さんのために、ビターチョコ・ケーキを作ろうと奮闘中なのに。
俺がわざと拗ねてみせると、岩城さんは肩をすくめた。
「なんて顔してるんだ」
呆れたふりして照れたように笑う。
それが、すごく眩しい。
「いいじゃんか。自宅でリラックスした香藤洋二の図、でしょ?」
そう、これは実は、仕事の一環。
来年のカレンダーに使うから、お互いを撮った『プライベート・ショット』が欲しいと言われて。
岩城さんと俺は、それぞれデジタルカメラをあてがわれていた。

―――プライベートって言っても、限度があるけどね。

「普段着でキッチンにいるって、わりと基本じゃない?」
これ以上、コンセプトに相応しい構図ってないと思うんだけど。
「それはそうだが・・・」
さらりと髪をかきあげて、岩城さんは言葉を探すような顔をした。
「おまえは香藤洋二、なんだぞ?」
ほんの少しだけ、ためらいがちなひと言。

―――あは、そっか。

俺の心配、してくれてるんだね。
最近の俺は年齢相応というか、年齢以上というか、男くさい大人の役を振られることが増えた。
役者としてやっと、まともな扱いをしてもらえるようになったってことだと思う。
岩城さんもそれを解ってて、すごく喜んでくれてる。
だからたぶん、ひそかに気を回してるんだろうな。
へらへら笑いながら、能天気にボールを抱えて菓子を作ってる俺の姿。
そういうおどけた写真を撮って、カレンダーに載せていいもんかって。
もう少し、シリアス路線のほうが無難じゃないかって。
「なに俺、これじゃカッコ悪い?」
悪戯っぽくウィンクすると、岩城さんはびっくりして首を振った。
「そ、そんなことは言ってないだろ!」
反射的にそう言ってから、言ったことの意味に気づいて。
岩城さんは困ったみたいに頬を染めた。

―――もうホントに、素直なんだから・・・。

「もう、気にしないのー」
俺はひょいと、あわ立てた卵白のホイップを自分の鼻先にくっつけた。
道化師みたいな、古典的なおどけ顔ってやつ?
片目を瞑って、岩城さんに投げキッス。
「こーんなことするわけじゃないから、いいんじゃない?」
「・・・バカ」
岩城さんは苦笑いを返して、すたすたと俺に近づいてきた。
「岩城さん・・・?」
「―――なにやってんだ、おまえは」
甘い甘い、しびれそうに甘いバリトンの囁き。
睨むみたいに俺を見据えて、岩城さんは俺のひじをぐい、と引っ張った。
岩城さんの匂いに、ふわりと抱き込まれる感じ。
「え―――」
ぺろり、と。
岩城さんは無造作に顔を寄せて、俺の鼻先のクリームを舐めた。
器用にうごめく赤い舌先が、からかうように俺をくすぐった。
「・・んん・・・」
ぴちゃり、と濡れた音がした。
「・・・甘く、ないな」
耳元でそう囁いて、岩城さんはゆっくりと顔を離した。
陶然と俺を見つめる恋人の瞳が、次はどうする、と聞いていた。
「―――反則でしょ、それ・・・!」
俺はそうつぶやいて、岩城さんの細い腰を抱き寄せた。
あたたかい身体が、俺の抱擁でしなやかに撓んだ。

―――俺の幸せが、ここにある。

腕の中で、俺に身を預ける恋人のぬくもり。
「どうした?」
憎ったらしいほどのしたり顔。
至近距離できらめく、つややかな黒い瞳。
これが蠱惑的じゃなくて、何なんだろう。
「・・・勘弁してよ」
降参の悲鳴をもらした俺に、まるで満足したみたいに。
岩城さんはほのかに笑って、俺のほっぺたにキスをくれた。
「それだけ?」
俺のおねだりに、岩城さんはぽんぽんと俺の背中を叩いた。
甘えるな、っていう意味?
それでも小さなキスを、鼻先や瞼に落としてくれる。
「・・・こら」
あは、これは調子に乗りすぎだったみたい。
黒いセーターの中にしのばせた俺の指を、容赦なく捉えて。
岩城さんは首を横に振ると、さっさと俺の抱擁から逃げ出した。

―――あん、残念!

いちゃいちゃタイムは、もうお終いらしい。
「写真、撮らないといけないだろう?」
言い訳みたいに、そうつぶやいて。
岩城さんはテーブルに放置されたデジカメを、再び取り上げた。
「・・・はーい」
俺は派手にため息をついて、卵白のボウルを掴んだ。
「じゃ、こんな感じ?」
片膝をたたんでキッチントップに座り、再度ポーズをとる。
リラックスした笑顔の、でもカッコいいオフの香藤洋二―――に、なってるかな。
「ああ、そうだな」
岩城さんは、レンズの向こうで小さく頷いた。


11 February 2009
ましゅまろんどん



Thanks!
ずいぶん久しぶりの更新です(苦笑)。とりあえず浮かんだヴァレンタインの小さないちゃネタ。相変わらず砂吐きというか、勝手にしやがれな甘々ご夫婦ですが、ふたりにとってはこれ、ごく日常的な情景ではないかと思います。・・・ああ、羨ましい!
Uploaded 11 February 2009





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